YMのメンズファッションリサーチ

メンズファッションについて、ブランド、アイテム、ショップ、人物等様々な角度からリサーチします。

【「極悪女王」感想】彼女たちの生きた熱い時代を体感することに、些かの躊躇も必要はないはず!

 

極悪女王を鑑賞する

最近痛烈に思うこと・・・

NETFLIXは素晴らしいドラマを作る。

少し前に「地面師たち」を観たのだが、その圧倒的な面白さにこの心は見事打ち砕かれた。話の中身も構成も、キャスティングも演出も、正直に言ってパーフェクト。全話を一日の間に一気見してしまった。

そして、「極悪女王」である。

今年(2024年)9月に配信が開始されたのだが、一日で一気見がしたくて、スケジュール、自身のコンディション等万全で臨める日を模索していたら結局師走になってしまった。

やっとの思いで機を熟させ、遂に満を持して視聴したというわけだ。

生粋のプロレスフリークである私にとって、極悪女王がプロレスファンのみならず一般層まで巻き込んで大きな話題になっていることは極めて嬉しいことであり、同時に少しだけ驚きでもあった。

90年代くらいまでとは違い、昨今のプロレスは国民的人気コンテンツではなく少々ニッチな分野になってしまっている。勿論地上波での放映も深夜の新日本プロレスのみ(しかも30分)だ。

なので、極悪女王のヒットが持つ意味合いは並々ならぬものなのだと言える。

特にプロレスファンからするとそれな猶更のことである。

 

「極悪女王」感想

時期的に後れを取ったというのもあり、既に極悪女王の感想はネット上に溢れているが、やはり私としても感想を述べないわけにはいかない。

 

完璧に表現された世界観

先述したように、現代におけるプロレスはニッチな分野なので、一般層に向けてその世界観を分かりやすく描くのは極めて難しいと思う。世界観が伝わらないと感情も移入し難いし、その世界に浸ることが出来にくくなることは必至だ。

だが、その点に関して100点満点に近い描き方が出来ていて心の底から感服した。

これは主人公であるダンプ松本や極悪同盟のパートナー(後輩)ブル中野、監修にも入っている長与千種、更には下の世代に当たる神取忍等もYouTubeでそのように述べているので間違いのない所見だろう。

その上当時の全女はまた猶の事特殊というか、独特の世界観を持っていた団体なのだが、贔屓目なしにパーフェクトだったと思う。

 

ブックの存在を明らかにした衝撃

プロレスの舞台裏が詳細に映像化されなかったもう一つの理由は「ブック」の存在だ。

ブックとは要するに台本、或いは筋書きの事であり、プロレスというエンターテインメントを象っている極めて重要な要素だ。

つまり、プロレスには台本、筋書きがあり、予めストーリーが用意されているというわけだ。

しかし、この「ブック」の存在を公にしている日本のプロレス団体はほぼほぼない(因みにアメリカの団体「WWE」は株式上場の際にブックの存在を公表している)。

極めて不思議な話に聞こえそうだが、ロープに振って相手が返ってくる、ダイビングボディプレスをしようとコーナーポスト上で構えるとふらふらと相手が丁度良いところに寄って来る世界を、「真剣勝負ではない」と公言していないということになる(これは批判しているわけではない。それに関しては後にとくと述べよう)。

かつて初代タイガーマスク・佐山聡が新日本プロレス離脱後に「ケーフェイ」という出版物の中でブックの存在を明かし、新日本プロレスのレフェリー(兼マッチメイカー)・ミスター高橋もまた有名な暴露本を出版した。

近年では新日本プロレスのある主力選手がコーナーポスト付近で「えーと、次は何だったっけ」と言ってしまったのをマイクが拾ってしまったという珍事もあった。

長い歴史の中ではこのように度々ブックの存在が見え隠れするものの、明確に表沙汰になることはほぼほぼない。

しかし、極悪女王の劇中でははっきりと「ブック」の存在が描かれているのだ。

鑑賞中に初めてブックの存在が登場した際に、私は思わず「エッ」と声を発した。

しかし、描き方が秀逸で、「ブック=やらせ」等と言う陳腐な捉え方に終わらないよう・・・いいや、プロレスの魅力はそんなことではないのだと感じさせてくれる高クオリティなストーリー展開になっている。

ブックの存在を明らかにしたうえでそれを超越した感情を引き出してくれた。この功績は余りにも大きい。

因みに、ジャガー横田は劇中で表現されていたブックの存在を公の場で真向から否定している。それもまた、なんともプロフェッショナルな姿であるといえよう。

 

レスラー役の出演者たちを兎に角讃えたい

松本香(ダンプ松本)役のゆりやんレトリイバァはここでとやかく表現するのが烏滸がましいと思えるくらいの出来だった。ヒールに覚醒した後からはどう見ても本当のダンプ松本にしか見えなかった。

しかし、長与千種役の唐田えりか、ライオネス飛鳥役の剛力彩芽をはじめとした他のレスラー役の俳優達も負けず劣らず本当に素晴らしかった。

私は評論家ではないから、俳優としての演技の良し悪しは余り細かく分からない。

ここで声を大にして言いたいのは、試合中のプロレスに関してのムーブや技、受け等のクオリティに関してである。

今まで、プロレスラーの役をドラマや映画で俳優が演じたのを幾度かは観たことがある。しかし、正直に言って素人丸出しというか、クオリティが極めて低いものばかりだった。

そういうのを見ると、私のようなプロレスを長年観てきたフリークは一遍に興ざめするのだ。

しかし、極悪女王のキャストは全く違った。ロープワークも受け身も、ドロップキックもローリングソバットも、ブレーンバスターもバックドロップも。足四の字固めもサソリ固めも・・・すべてのクオリティが完璧。中には監修から「そのままプロレスラーになれる」と太鼓判を押された出演者もいたほどだったとのことだ。

何でも、マーベラス(長与千種が立ち上げた女子プロレス団体)が全面的に監修に入り、約2年間の鍛錬を施したらしい。

今回の製作陣は芯から理解しているのだ。プロレスのムーブが真に迫るものでなければこのドラマは「ホンモノ」にはなり得なかったということを。

心から賛辞を贈りたい。

 

ヒールの生き様が感動を誘う

松本香がダンプ松本に覚醒する過程は、多分に創作が入ったものである。

その真相は昨今ダンプ松本があちらこちらで語っているわけだが、ダンプ松本という人のヒールとしての生き様は全く他の人達とは異質だ。

長与千種は、いまだダンプ松本を超えるヒールレスラーは輩出されていないと断言している。

それは、リング上(場外も含んだ意味)での振る舞いのみならず、普段の在り方に起因する。

熊本で新日本プロレスの興行があった日の夜に熊本の繁華街で敵対しているベビーフェイスの選手とヒールの選手が仲良さげに飲み屋に入っていくのを目撃したことがある。更に、現在新日本プロレスを代表するヒールレスラー・EVILは地方興行の際に場外乱闘で小さい子供が巻き込まれそうになると感じ、耳元で小さく「危ないから離れて!」と言ったのを聞かれている。子供がその場から遠ざかったのを確認してからパイプ椅子をベビーフェイスにしこたま打ち付けた(誤解があるといけないから一応加筆しておくが、私はEVILのことはかなり好きだ。現代的なヒールレスラーの中では随一の存在だと思っている)。

ご時世でもあるのだろうが、現代のヒールレスラーは「本当は良い人」なのがバレているし、実際プライベートでも徹しているわけではない。

しかしダンプ松本は違う。

入場時や場外乱闘時でも本気でファンにさえ攻撃し、リング外でも荒々しい態度を崩さず、本当の本当に全国民から徹底的に嫌われた。

新車で購入したフェアレディZは無残なイタズラの餌食になり、家族の住む家にも残酷な落書きが為された(大家から「ダンプの家族は出て行ってほしい」と通告された等という出来事もあったとのことだ)。勿論自身にもカミソリ入りの封書や罵詈雑言が所せましと書かれた手紙が連日山のように届いたそうだ。

「ヒールとしてしか生きていけない」

その決心から選んだ道ではあろうが、その決意のほどはいかばかりのものだったのか思い知れる。そして、だからこそライバルのベビーフェイス・クラッシュギャルズがより輝いたのだ。

長与千種は、今の自分があるのは間違いなくダンプ松本と極悪同盟のおかげだと憚らず公言している。

 

有村崑「ボヘミアンラプソディーのライブエイドを超えた」

物語は第5話の長与千種とダンプ松本の髪切りマッチというクライマックスに向かって加速していく。

全てはその一戦への伏線であり、大阪の両者の髪切りマッチで鮮やかに収束する。

評論家の有村崑は、その過程がQUEENのヴォーカル、フレディ・マーキュリーの半生を描いた名作「ボヘミアンラプソディー」と酷似していると語っている。

極悪女王の髪切りマッチはボヘミアンラプソディーのクライマックスで描かれるライブエイドそのものであり、最高潮を迎えた際の熱量はもしかしたらある意味ライブエイドを超えていたかも知れないと述べていた。

 

私がプロレスを愛する理由

極悪女王を観たことを、プロレスに造詣のある後輩に話していたら、ふと後輩がこんなことを訊いてきた。

「そもそも、なんでそんなにプロレスが好きなんですか?」

・・・。

私は論理的な人間だ。論理的に成立していない事柄や感覚的なものにはあまり心が動かされないという特徴を持っている。

後輩が言いたいことはよく理解できる。

プロレスはある意味矛盾に満ちた世界観を孕んだジャンルである。アングルに象られ、先述したようにブックも存在している。

極悪女王の劇中で、ビューティーペアのジャッキー佐藤はこんな台詞を言っていた。

「スターになるような奴は、勝手にこう、光り出してくるんだよ。」

名言である。

プロレスの世界では、「強さ」だけではスターになることは不可能だ。

勿論、強さは絶対に必要な要素だ。弛まぬ鍛錬も必要だしテクニックも不可欠である。

しかし、その地盤の上に、スター性や人間としてのセンス、生まれながらに持っている華といったものがなければならない。

MMAやキックボクシング、ボクシング等の真剣勝負の格闘技のチャンピオンは強さが全てだ。強ければチャンピオンになれる。それから世間的に人気が出るかどうかは別として、明らかに強さのみを追い求めるものであることは間違いない。

しかし、プロレスはもっと複雑で、難解なのだ。

プロレスのチャンピオン(並びにスター選手)は、幾重もの要素を同時に持ち合わせた特異な存在であり、ある意味最高に強くて格好良い。

分かりにくいし表現しにくいところだが、その眩さに、本当に長い間魅了され続けているのだ。

そして、今回極悪女王を鑑賞し、明確な「ヒール」の存在、若しくはそのヒールの存在によってはじめてベビーフェイスが輝くといった構図的な面白さ、裏に流れるストーリーの奥深さも再認識することが出来た。

論理的に考える場合、真剣勝負の格闘技に惹かれそうだと思われがちだが、そういった理由で私は長年プロレスファンをやっている。そして、これからもきっとそうだ。

ここに、改めて生涯ファンであり続けることを誓おう。

 

まとめ

極悪女王の製作費は1話につき凡そ1億円にものぼるという。

全5話なので総額約5億円ということになる。

全女の事務所のセットは借り切ったコインパーキングに一から建てられ、ポスターやチラシ、雑誌等の小物も極めて忠実に再現されている。

キャストの多くはオーディションで決定され、先述のように約2年間実際のプロレス団体の指導の下プロレスの練習をして臨まれた。

主演のゆりやんは受け身の際に脳震盪を起こし2週間の静養を余儀なくされた。役作りのために体重は45㎏増量したそうだ。

NETFLIXが作ったこのドラマは、出演者は勿論、製作陣、裏方に至るまで壮絶なまでに多大な熱量で象られている。

プロレスに造詣のない方が鑑賞しても、必ず最終話で号泣することは間違いないだろう。

勿論私もティッシュ一箱を使い切る程の涙を流し、オロナイン軟こうを塗って寝なければいけないほど鼻の孔が荒れた。それ程に何回も鼻をかまざるを得なかったのだ。

もしもまだ観ていないという方は、今すぐに観て欲しい。必ず後悔はしないことをここに確約しよう。

日本中の眼(まなこ)を釘付けにし、胸を高鳴らせ、そして感動の渦に巻き込んだダンプ松本という稀代のヒールレスラーと、共に生きた仲間たちの生き様、そしてその熱き時代を体感することに些かの躊躇も必要はないはずだ。

 

 

https://x.com/ymfresearch8739?t=A7ddqUJ4BIOTY4PczIgQhg&s=09

↑ 最近X(旧Twitter)をよくアップしています。ブログ記事の補完的役割の他、日常やうちのネコたちの近況なども。良ければご覧ください!

 

 

にほんブログ村 ファッションブログ メンズファッションへ
にほんブログ村

にほんブログ村のランキングに参加しています。もしよろしければバナークリックをお願いいたします。

是非ブックマークやコメントで皆さんのご感想などお聞かせください!

 

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村