アディダス・SAMBA(サンバ)の大ヒットに思うこと
出典:アディダス公式HP
昨年(2022年)、アディダスのクラシックなスニーカーの一つである「SAMBA(サンバ)」が大ヒットを飛ばした。
SAMBA(サンバ)は今から70年くらい前にオリジナルモデルがリリースされた、アディダスのアーカイヴの中でも極めてシンプルでベーシックなスニーカーだ。
とある大人系ファッションユーチューバーがSAMBA(サンバ)を指して「サッカーシューズのような雰囲気の・・・」と宣っていたが、そうではなくて、SAMBA(サンバ)は「文字通りサッカーシューズ」なのである。
いや、正確にはアディダス創業直後にフットサルシューズとして開発されたもの。つまり、SAMBA(サンバ)は正確には「インドアサッカーシューズ」なのである(だからガムソールなのだ)。
出典:アディダス公式HP
「アディダス最古のモデル」とも言われるSAMBA(サンバ)は、数あるアディダスのアーカイヴの中でも、良くも悪くも特徴に乏しい、いわば「地味」なモデルだ。
そのSAMBA(サンバ)が昨年(2022年)に突如世界的大ヒットアイテムになり、日本でも若者を中心に「ハイプ」なスニーカーとして採り上げられ続けた。SNS上でレビューを見ない日はなく、(特に感度の高い)街はSAMBA(サンバ)で溢れた。二次流通界隈ではプレ値が付き、アディダスにとってYEEZY(イージー)以来の大ヒット商品となったのである。
私はこの「SAMBA(サンバ)大ヒット現象」に些か違和感を覚えた。
アディダスのクラシックなモデルを若い頃から履き継いできた身であり、勿論SAMBA(サンバ)自体も随分昔に日常履きとして履き潰した経験もある。「ハイプ」なスニーカーではなく、私達世代のスニーカー好きからしたら、SAMBA(サンバ)は「身近にある、クラシックで日常着に馴染みやすい名作」なのである。
決してイージーブーストやNMDなどといった近年のアディダスのヒット作とは違うのだ。
SAMBA(サンバ)が何たるかを理解して欲しい
出典:アディダス公式HP
2022年に発したSAMBA (サンバ)のリバイバルヒット(ココでは敢えて「リバイバル」と述べよう)は、アディダスの仕掛けと海外インフルエンサーの発信が契機だったらしい。
2022年の夏ごろにはあれよあれよと波が大きくなり、同じ頃には既に直営店でSAMBA(サンバ)は在庫が枯渇。そして二次流通界隈で「プレ値」がぼちぼちつき始めている。
2023年夏現在では随分落ち着いてきたものの、まだまだ正規価格では適正サイズが探しにくい様子だ。
「スニーカーヘッズ」という人々の間ではスニーカー(に限らずだが)の価値は「如何に入手しづらいか」という希少性こそが魅力のほぼ全てであり、そのロジックは人気至上主義にこよなく偏っているようだ。
スニーカー市場の主流は最早そういった思想めいたもので凝り固まっているが、流石にSAMBA(サンバ)がその流れに乗ったとなると覚える違和感はそれなりにある。
出典:アディダス公式HP
先述したが、SAMBA(サンバ)はアディダスのアーカイヴの中でも特にシンプル且つベーシックなモデルなのだ。どんなコーデにも馴染みやすく、決してコーディネートの主役になるような類のモデルではない。
「ハイプ」なスニーカーを追い求めるスニーカーヘッズ達の琴線に触れる事にやはり違和感を覚えずにはいられない。
・・・要するに、「SAMBA(サンバ)が何たるか」よりも「SAMBA(サンバ)に希少性があるから、流行っているから」欲しい、履きたいのではないだろうか。
・・・何も、否定したいわけではない。でも、せめてSAMBA(サンバ)が持っている歴史や背景、アディダスのアーカイヴの中でどのような位置付けにあるのか等を、「SAMBA(サンバ)が好き!」というユーザーには持っていて欲しい気持ちはある。
SAMBA(サンバ)は紛れもない名品
出典:アディダス公式HP
SAMBA(サンバ)は先述したように、アディダス最古のモデルともいわれている。
こちらの過去記事でも紹介したように、ダスラー兄弟商会から分かれて設立されたアディダス。ドイツのミュンヘンに本社を置いていることからも、フットボールと強い結びつきがあることは想像に難くないだろう。事実、現在でもアディダスと言えばサッカー(フットボール)を連想する方は多いはずだ。
出典:アディダス公式HP
アディダスが創立された1950年はサッカー王国ブラジルでワールドカップが開催された。それを記念して開発されたのがSAMBA(サンバ)。言うまでもなくブラジルのサンバから命名されている。
インドアサッカーシューズであるSAMBA(サンバ)には当時としては最先端の技術が詰め込まれており、例えばアウトソールに取り付けられた3つの吸盤なんかもその一つだ。体重が掛かった時に穴から空気が放出され真空状態を作り出すという寸法。現在ではそのディテールも単なるデザインの一部になっているが、やはり成り立ちを知っていると愛着も一入(ひとしお)なのである(そういう要素こそがスニーカー好きたる所以なのではないかとおじさんは思うのである)。
SAMBA(サンバ)の持つオーセンティックなデザインは、その後多数のアディダスのモデル達にも多大な影響を与えている。SAMBA(サンバ)は「現代的クール」なだけではなく、紛れもなくアディダスの歴史に燦燦と輝く名作なのである。
まとめ(ダサくないけれどダサいかもよ)
出典:楽天
NIKE(ナイキ)は現代的なマーケット上の動きを把握した上での売り方が極めて上手く、近年様々な「ハイプスニーカー」を生み出してきた。
一方のアディダスはナイキと比較にならないほど多種のアーカイヴを持っていながら、マーケティング手法で随分ナイキの後塵を拝してきた印象だ。一昨年くらいにアディダスが満を持して復刻させたフォーラムがどこの小売店でも在庫ばかり抱えてしまったらしいことは未だ記憶に新しい(フォーラムは名作だが、要するに需要と供給のバランスコントロールの問題なのだ)。
SAMBA(サンバ)の大ヒットに関しては、アディダスのマーケティング面に若干の光明が差したという見方も出来、何故だか少しだけ安心した側面さえもある。何とも皮肉であり、そして不思議だ。
出典:アディダス公式HP
しかし、希少性や話題性ばかりが先行し、自分が「良いと思う理由」が分からないまま波にだけ乗るスニーカー好き達の風潮には一抹の疑問を覚えずにはいられない。
SAMBA(サンバ)がクールならば、CAMPUS(キャンパス) やGAZELLE(ガゼル、ガッツレー) はどうなのか?私はSAMBA(サンバ)はとてもいいスニーカーだと思うし、名作だと感じているが、例えばと並べられたらCAMPUS(キャンパス)を選ぶだろう。そういう話なのである。
繰り返しになるが、現代に蔓延る、やや行きすぎな感さえある「人気至上主義」に関しては諸手を上げて賛同する気にはなれない。
SAMBA(サンバ)はダサくない。凄く格好良い名作スニーカーだ。
でも、肝心なのは買い方、履き方なのではないだろうか。
・・・理屈っぽいおじさんの戯言と吐き捨てずに、一考してみてはどうだろう。
↑ ↑
そんな言っておきながら広告は貼るのか・・・などと言わずに。SAMBA(サンバ)自体は極めて優れた名作。「訳が分かったうえで」「自分のスタイルに合うから」というまっとうな理由があればきっと格好良く履きこなせることだろう。
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