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【大人の読書感想文】伊坂幸太郎著・「AX」くどくて温かくてウィットに富んだ、らしさ満載の傑作

※伊坂幸太郎著「AX」のネタバレをほんのちょっぴり含んでいます。ご注意ください。

 

 

伊坂幸太郎との出会い

社会人になってから、ハマりだした作家のひとりが伊坂幸太郎である。

とある出張で仙台へ行くことが決まり、移動時間の暇を潰す為に必要な文庫本を探しに書店へ行った。

私はそういう時に手にするものは「今まで触れてこなかった作家のもの」と決めている節があった。新たに何かに出会うきっかけはそういう時にこそ作るものだと考えていたからである。

手に取ったのは伊坂幸太郎の「ラッシュライフ」。後に伊坂幸太郎が評論家達の評価を勝ち取った出世作の一つになった作品である。

移動中に早速ラッシュライフに目を通していくと、伊坂が仙台に所縁がある作家であり、ラッシュライフの舞台も仙台である事が分かった。仙台への道中であった為、何とも言えない縁のようなものも感じずにはいられなかった。

 

ラッシュライフ、ゴールデンスランバー、そして陽気なギャングシリーズ

「ラッシュライフ」を読むと、伊坂の作家としての技量の高さはすぐに感じ取ることが出来た。ウィットに富んだ登場人物たちの会話のやり取り、仕掛けの多さ、伏線の張り方の絶妙さ加減、構成の抑揚も素晴らしい。

ラッシュライフに関しては、一見関係のなさそうな話達が、終盤にかけて一気に加速しつつ交わっていく構成力が実に特徴的な作品である。読み終えた瞬間「参った」と思わず唸っている自分がいた。

その後発表された「ゴールデンスランバー」に関してはヒット映画にもなった為耳馴染みのある方も多いだろう。評論家の中には伊坂幸太郎の伏線の技巧が完成された作品として評価する声も多い。

逆に、登場人物たちの掛け合いの妙が最も発揮された作品は個人的に「陽気なギャングシリーズ」だと思っている。ああ、それと、登場人物たちのクセの強い味付けに関しても。いい意味で強烈すぎだ、この作品は(笑)。

発行部数や受賞実績、知名度等を鑑みて、伊坂幸太郎の代表作は世間一般的にはここに挙げた以外の作品と唱える方が多いと思うが、個人的にはツボにはまったのはこの3作品なのである。

 

AX(アックス)を読む

AXは2017年に刊行された一冊。文庫の初版発行は2020年2月なので、別に最近の新作というわけではない。

購入したものの、何故か気が進まなくて放置していたのだが、ふと気になって読んでみたら一気に1日で読んでしまった。・・・そんなことは割と誰でもあるだろう。今回もそのクチである。

 

AXの魅力

登場人物

先述した様に伊坂幸太郎の作品の登場人物は皆「ただのひと」ではない。全体を通してみると、やや「アングラなひとたち」が多めである。

今回の主人公「兜」も本業殺し屋。

これまで、殺し屋が主人公の作品は「グラスホッパー」「マリアビートル」の2作品だったので、これで3作品目という事になる。

その他もギャングだったり泥棒だったり、言ってみれば「非日常的な人物」が伊坂作品にはたくさん登場する。

それらは、日常的な観点からいうと「怖い人たち」である。できれば友達にはなりたくないし、出会いたくもない。まっぴらごめんだ。

しかし、(やっていることは勿論犯罪だが)伊坂作品の殺し屋やギャングたちは、「怖いだけのひと」ではない。極めてユーモラスでウィットに富んでいる、そしてクセが強い。犯罪者には違いないのだがどこか憎めず、一つ違えば「友達になりたい」と思わせてしまうほど魅力的だ。少し話は逸れるが、私が最も好きな伊坂作品の登場人物は「マリアビートル」に登場した「檸檬」である。彼は一流の殺し屋だが、「機関車トーマス」の大ファンで、殺しの仕事の合間にも仲間にトーマスにまつわるクイズを出すのが趣味という、なんとも変った嗜好の持ち主である(檸檬はAXの冒頭でカメオ出演していた!)。

こういったユーモラスなキャラ付けは伊坂幸太郎の象徴的な作風の一端なのだが、AXの主人公「兜」も例外ではない。彼は極端な程の恐妻家であり、その度の越し方は時々クスっと声が出てしまうほど強烈だ。非日常的でアングラこの上ない職業である「殺し屋」が家では恐妻家。このコントラストこそが兜の人物像に立体感を与え物語の確固たる軸の一つになり得ている。そして濃い。

しかしキャラクターが濃いのは実は主人公の兜以上に妻である。

最終項でそんな夫の恐妻家ぶりを本気で全く勘づいていなかったことが明らかになる。これは凄い。ひょっとするとこのお話で最も驚愕したのはこの、兜の妻の性格だったかもしれない!

 

三人称多視点

三人称多視点は複数視点方式の文法で、項ごとに異なるキャラクターの視点で物語を進行していく手法である。この手法の良い所は、物語に立体感が出るのと同時に、ある一つの出来事について複数の視点から語られる事によって、より深みが出ることなどでもある。伊坂幸太郎は特にこの三人称多視点の描き方が秀逸で、複雑になりすぎてしまわないようにする整理の仕方も抜群。

先述した「ラッシュライフ」を読んだ時も、この三人称多視点の秀逸さが故に引き込まれたと言っても過言ではない。

・・・とはいえ、この「AX」は最終章の「FINE」までは主人公の兜の視点のみで進行していく。話が大きく動く「FINE」ではそれまで兜のみの視点だった物語が息子の「克己」視点に代わり、クライマックスではいよいよその両者の視点が入り混じりフィナーレを迎えるのだ。つまり、伊坂幸太郎の代名詞的手法のひとつである三人称多視点の骨頂はAXに於いて最終章に凝縮されていると言って良い。恐らく敢えて最終章までは固定の視点で描き、最後に一気に物語を加速させる狙いもあったのではなかろうか。

 

因みに、その項が誰の視点なのかはこのようにハンコ風のマークで現される。これはこれ以前の伊坂幸太郎の作品でもお馴染みのギミックだ。

 

先述した様に「克己」へと変わり・・・

 

クライマックスでは両者の視点が入り混じる。実にユーモラスな仕掛けだ。

 

ウィットに富んだやりとり

伊坂幸太郎作品の真骨頂は、個人的には登場人物たちの何気ないやり取りの中にあるウィットさではなかろうかと思っている。殺し屋やギャング、若しくは死神等、只者ではない登場人物たちが織りなす物語は、冷静に考えると凄惨な内容になってしまう可能性が高いと思うのだが、ユーモラスでウィットに富んだやり取りが、どこか話を牧歌的な雰囲気に変化させる。「死」だとか「絶望」「悲壮」のようなネガティブな要素と、そのやり取りの対比が独特の世界観を構築しているのだ。

「AX」の中でも

(マンションの管理人)「明日、登記が終わったら鍵を渡すから、そうしたら部屋を使って良い。俺は仕事が早いだろ。何故だか分かるか。」

暇だからだろ、と言いたいところを堪え、「手際が良いから?」と答えたところ、「暇だからだよ」と管理人は笑うのだった。

と言った一節が。私のお気に入りの一節なのだが、別に話の本筋に関わってくる肝要な部分というわけではない。こういった、言ってみれば軽いノリの一節が物語に色を添えて全体の雰囲気から重苦しさを除去する。若干こういうやり取りがくどすぎる部分もあるという論評も目にするが、それこそが伊坂幸太郎だし、ややくどいなと思う部分は実は伏線の隠し場所であるという事も少なくない。因みにここで引用した部分は伏線などは何もない(笑)。

敢えて言うなれば、管理人はもしも兜が「暇だから」と答えた場合は「そういいときは手際が良いからだ」と少しばかりのおべっかでも使うべきだ。と答えていたように思う。即ち、管理人の天邪鬼さや機転のようなものをこのやり取りで感じさせる狙いはあったのかもしれない。

 

伏線

言うに洩れず、伊坂幸太郎は伏線の張り巡らせ方とその回収に長けた作家だ。ただ、昨今この手法に長けた作家は数多く、敢えて語る程のものでもないという気もする。

ただし、AXに関しては、何故題名が「AX」なのかというのをずっと考えながら読み進めることになる。物語の主線を「AX」・・・つまり、斧という存在と結びつけるのは終盤まで難しい。

最後まで読むと、序盤の何気ない会話の中に出てきた「蟷螂之斧(とうろうのおの)」の話が回収される。結構壮大な伏線だったのだと分かるのである。

因みに、各セクションの題名を見てみると「AX」「BEE」「Crayon」「EXIT」「FINE」となっており、「抜けている「D」に何かある」と最初から勘ぐっていたのだが、これは単純に「Drive」が都合により割愛されて再編されている事があとがきを読んで判明した。少しばかり憶測が過ぎたようだ。

 

まとめ

私は新聞の斜め読みが得意で、小説を読む際も読もうと思えば斜め読みで大体の内容を入れていくことも出来る。

しかし、伊坂幸太郎の小説を読むとき、それは禁物だ。

何気ない会話の中に重大な出来事が巧妙に隠されていたり、モブと思われるキャラクターが実はキーパーソンだったりするからだ。だから、じっくり、一言一句をきちんと頭に入れながら読み進める。

「AX」はどちらかというと疾走感を以て読者を惹きつけるタイプの物語ではなく、やり取りの妙や主人公を中心としたキャラクターの「アジ」を見せつけつつ、じんわりとした余韻を付与していく構成になっている。

「噛めば噛むほど味が出る」と良く言うが、全くそういった印象のお話で、たくさん人が亡きものになるが決して凄惨な印象を受けない。それどころか、全体として伝わってくる雰囲気は柔和そのもの。そして極めてユーモラスだ。

時々はハードボイルドな作品を読みたい気分にもなる私だが、何とも心地よく、それでいて奥深く多面的でさえある伊坂幸太郎作品はやはりいつも本棚に備えておきたい存在である。AXも例に洩れず傑作だった。

 

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