名もなき店でniuhans (ニュアンス)と出会う
数年前、私はそのスウェットシャツと出会った。
ある春の日のこと。麗らかな小春日和で、当てもなく街中を歩いていた私の目に飛び込んできたのは、誇大に主張することなく、ひっそりと佇む路面店だった。
入ったことがない、その存在さえも把握していていなかった路面店に、誘われるように自然と私の足は運ばれた。
まるで、何かに呼ばれるような、不思議な感覚だったのをよく覚えている。
シンプルなアイテムの並ぶ店内。主張のない店構えの様と呼応するかのような、飾らない雰囲気の品揃えに私の心はものの見事に鷲摑みにされた。
いつの間にか、夢中になって商品を物色している自分に気付く。
あまり聞いたことのないブランド名のものが多いが、タグを調べると日本国内のものが殆どを占めている。「メイドインジャパン」のタグは余計に私の気持ちを昂らせた。
素材、デザイン、雰囲気・・・半端なものは何一つ陳列されていない。
全てが良いモノ。
価格も勿論それなりに高いが、納得するまでに時間はかからない。それだけの価値がある物たちだというのは一目瞭然だからだ。
その中の、一着のスウェットシャツに私の目は釘付けになった。
何も躊躇はない。
出会ってしまった。
試着するまでもなく、自らの身体にジャストフィットする様が想像できた。
インスピレーションだけで自分のものにしなければいけないことを悟る。
そうやって、私はその名もなき店でniuhans(ニュアンス)のスウェットシャツを手に入れたのだった。
niuhans(ニュアンス)から漂ってくるもの
2010年に設立されたこのniuhans(ニュアンス)というブランドは、実に色々な事に気付かせてくれる存在だ。
「洒落ている」ということはどういうことなのか。
艶やかで装飾性の高いものを身に着ける事?
華やかで、高級素材だということが簡単に分かる物を装う事?
流行に即したトレンドライクな物を選ぶ事?
否。
艶やかな装飾でも、華やかさでも、流行への敏感さでもなく、その辺に在りそうな普遍性にこそ、その答えはあるのだ。
一見普通のスウェットシャツだが、よくよく見てみると非常に味わい深さがある。
如何にもオシャレをしているという印象は決して与えず、とことんさり気ない。
素朴で、奥ゆかしく、情緒のあるものに魅力を感じるのは、ある意味日本人特有の感覚と言えるかもしれない。
日本のブランドであるniuhans(ニュアンス)からはそんな雰囲気を感じずにはいられないのである。
そして、逆説的なことを述べるようだが、niuhans(ニュアンス)デザイナーの濱田大輔氏はフランスのパリに拠を置く「Maison Kitsune(メゾンキツネ)」での経験を経てブランドを設立している。
メゾンキツネと言えば、フランス人ジルダ・ロアエックと日本人黒木理也の2人が設立したブランド。
本場パリのエッセンスと日本の情緒のようなもののハイブリッドな要素を含んだブランドでの経験は、確かにniuhans(ニュアンス)からも漂ってくる。
本当に着るべき服はこういうものなのかもしれない
このスウェットシャツを、数年着込んだ。
デイリーに使用するにはこれ以上ない使い勝手の良さで、ついついその日のトップスに選定してしまう。着用頻度の高さは私のワードローブでもかなり上位だと言って良い。
タグのデザインさえも主張が少ない。同色の印字は、角度によっては何と記してあるのかわからないほど。明確で分かりやすいブランドタグとは完全に一線を画している。
そもそも「ニュアンス」とは訳すると
「ごくわずかでありながら、相当に違う感じを与えるような違い」
という意。
正にこのスウェットシャツの様を現わしていると言える。
表地は上質なコットン100%の生地。インディゴ染めが為されている。
藍染めもまた、紛れもない日本の伝統工芸の一つである。実は日本らしさをここで表現しているという辺りもセンスが良い。
非常に柔らかく、ガーゼに近いような肌触りになっている。軽くて丈夫という点も特筆もの。
使い込みにより、インディゴは徐々に色褪せが出てきている。まだまだこれから味わい深さは増していくことだろう。
襟元を捲ると糸の解れが見られる。縫製が解けているのではなく、これはほぼ最初からこうだった。
デイリーに使用するものは、こういった不完全性もまた「アリ」だったりする。ドレススタイルにはこういったディテールはあり得ないわけだが、その逆に位置するものだからこそ味と捉えることが出来る。
ラグランスリーブではなく、セットインスリーブになっているお陰で、やや肩が落ちたサイズ感で着た場合も綺麗に着こなすことが出来る。
肩は突っ張ることはなく自然なシルエットに仕上がっている。程よい開き具合のネック部や細身のバインダーと合わせて、細かいところまで緻密に計算されているのは明白である。
アメカジのスウェットシャツとは違い、袖も裾も切りっ放しになっており、リブが存在していない。
アメカジスウェットの代名詞的なディテールとはすべて反対に振り切っている事が良くわかる。V字ガゼットもないしリバースウィーブの真似事も勿論していない。
ヨーロッパ、若しくは日本的なデザインと言って良いかもしれないし、決してスポーツウェアという訳ではないとでも言いたげである。
何年着こんでも、決して型崩れすることはない。ずっと、身体にスッとフィットするような着心地の良さを維持しており、寧ろ袖を通す度に馴染んでさえきているという感覚を覚える。
カスタムオーダーしたかのようにピッタリと体のラインに沿い、程よい伸縮性の高さもいつも心地よい。
裏地のパイル生地もその要因の一つだろう。劣化もし難く、立体的なので肌離れも良い。天然素材なので体のミネラル分を奪うこともない。保温性もそれなりに兼ね備えている。
本当に着るべきなのは、きっとこういった服なのかもしれないといつも感じずにはいられない。
明確ではなくニュアンス程度だが、明らかに違う
ユニクロのスウェットシャツは素晴らしい。
実に様々なヒット作の存在するユニクロだが、スウェットシャツの出来の良さはまた格別だと感じている。
ユニクロを批判するどころか、私の生活になくてはならない存在として、いつも賞賛するばかりである。
しかし、ワードローブの中で一部は、このように拘りのアイテムも備えておきたいもの。
niuhans(ニュアンス)のアイテムには、決して派手な特徴はない。
しかし、そもそもお洒落とはさりげなさなのではないかと思うのである。
「今日はキメてきました」
そう思われるのが私は苦手だ。
「そんなつもりはない、しかし、そうなのだ。」
・・・少し分かり難いかと思うが、要するに、「さりげなさ」が重要なのである。
ナチュラルで、デイリーで、違いは明確ではなくニュアンス程度。しかし、明らかに違いがある。
そんなスタイリングを趣向している私を、あの名もなきショップが呼び込んでくれた。そしてniuhans(ニュアンス)と引き合わせてくれた。
あの名もなきショップは、もう閉店している。
またいつの日か、あんな店に入って、また新しいものと出会いたい。
そう願うばかりである。
niuhans(ニュアンス)公式HPはこちら
で、そろそろどいてくれません?(笑)あたたかいんだろうけど。